
日本の借金時計 (2010/06/04現在、883兆円を超えてます)
鳩山総理と小沢幹事長が6月2日に辞任し、6月4日新党首が選出されます。
現時点では、菅直人 副総理兼財務大臣になりそうな勢いです。
本日のうちに新しい幹事長および、菅内閣がスタートします。
さて、菅総理は、まず参議院議員選挙に勝利しないと窮地に立たされますが、そこは新幹事長の仕事です。
最優先でやるのは、普天間問題ではありません。経済問題です。
(1) 自民党時代から積み上がった日本国債をどうするか。
(2) 財政をどう立て直すのか。
(3) 疲弊した経済にテコ入れして雇用を伴う景気回復につなげる。
この相反する3つのことを同時に処理することが早急に求められています。
国民の希望に応えられないとが来年行われる統一地方選挙で民主党議員はことごとく落選という自体になります。
菅代表選出の公算、きょう午後新首相指名
6月4日3時1分配信 読売新聞
民主党は4日午前、国会内で両院議員総会を開き、党所属国会議員の投票により、鳩山首相の後継代表を選出する。
これを受け、衆参両院は同日午後に首相指名選挙を行う。
菅直人副総理・財務相(63)と樽床伸二衆院環境委員長(50)が3日、それぞれ党本部で記者会見し、代表選への立候補を表明した。(中略)
新代表の任期は、鳩山代表の残任期間である今年9月までとなる。

日銀が発行した1円金貨
菅副総理は、財務大臣に就任する際、120円くらいの円安にしたほうが日本経済にとってはいいといった発言をしました。
そのため、新政権は、インフレ政策と増税路線を同時に行って、経済の縮小を防ぐのではないかと予測します。
日本の財政は景気悪化により歳入が減り、どんどんお金をばらまいているため、どんどんお金が出て行きます。
旧ソ連が崩壊する前も、今の日本と同様に、税金は徴収できないわ、一方で国営企業や軍隊や公務員にお金を払わないといけないわで、結局どうしたかというと、通貨ルーブルの乱発をする一方、ルーブルの価値をどんどん安くして、年7000%のインフレを起こし、借金を事実上チャラにしました。
日本も、同様のことをそろそろやらないいけない状態です。
昨日から今朝にかけて、円ドル為替相場は、1円50銭ほど円安方向に振れています。
日本経済はデフレです。アメリカやイギリスみたいに中央銀行(日本の場合は日本銀行)に通貨を刷って刷って刷りまくって、ばらまいて、円の信用を落せば、確かに円安にはなります。
しかし、副作用は大きい。市場にお金が出回って、インフレが起こってしまうからです。
そこを、消費税や所得税、法人税などをはじめ、税金をどーんと上げてしまって、だぶついたマネーを回収してしまう。。。
そんな大それたことをしても大丈夫かのか? いえ、ダメなんですよ。2-3年国家破たんを先送りする程度のことしかできません。
それほどまでに、日本の国富は海外に流出してしまったのです。
海外で多くの国が、景気がいいでしょう。あれは日本のマネーによる砂上の楼閣なのです。
その証拠に、日銀がゼロ金利政策をやめたら、数ヶ月でリーマンショックが始まってしまったでしょう?
世界最初の本格左翼政権が誕生したフランス革命の例でいうと1794年から、総裁政府ができる1795年までの間、テルミドール派が支配した時代に、今の日本の状況が似ています。
このあたりの話は、士官学校メルマガ 2010年05月18日号(第140号)にて、以下のように書いています。
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<資本家による資本家のための総裁政府>
1894年07月27日、テルミドールのクーデターで、ロベスピエールをはじめ、ジャコバン派の幹部をその日のうちに処刑しました。
この時に権力を握った人達をテルミドール派と言います。共和主義的なブルジョワ勢力です。
主要メンバーは、ロベスピエールを恐れていたタリヤン、パラス、ボワシーなどです。
このとき、ナポレオンはバラスの部下でした。
彼らは反ロベスピエールで一致していたが、個別政策では一致していなかった。
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革命の理想に燃える革命派と、急激な改革を嫌う王党派との2派が対立し、王党派と言えども必ずしも王政復古を望んでいるわけではなく、古い体制を否定しないという程度であった。
「恐怖政治」を生き残った彼らは、腐敗しきっていた。
テルミドール派は、ブルジョア出身者が多いので、まず自分の財産保全に動いた。
ロベスピエールの政策を。ことごとく取りやめる反動政治を始めたのである。
(1) 公安委員会の権限の大幅縮小⇒権力の集中、独裁の可能性を封殺
(2) 革命裁判所の組織替え
(3) 宗教の自由の復活⇒ 1795年02月21日、聖職者基本法が撤廃
(4) 経済統制の緩和 ⇒ 物価統制を解除したため狂乱物価になった
(5) ジャコバン派の弾圧 ⇒ 盛者必衰のなんたらですね
なぜテルミドール派は、ブルジョア優遇の政治を行ったのかというと、彼らは国王の処刑に賛成した過去を持ち、いままでの反動が行きすぎて王党派が台頭すると、白色テロのターゲットになる恐れがあったから。
今までは、左翼のジャコバン・クラブが健在でしたが、今さら頼ることもできません。結局、テルミドール派が頼れるのは、企業家、投資家、軍の御用商人など革命と戦争から最大の利益を引き出して支配階級に成り上った新興ブルジョア(成金連中)だったのです。
<狂乱物価の到来>
恐怖政治が終焉すると、物価が目に見えて上昇しました。
冬を迎える頃、民衆の不安、不満は段々大きくなります。
1794年12月24日、国民議会は最高価格法と全ての物価統制を廃止し、商業の自由を復活させました。
闇市が非合法でなくなったのですが、3ヶ月で物価が2倍以上になる狂乱物価が到来しました。
これを見た食糧の保有者、生産者、仲買人、投機家は、買占め、売惜しみが横行し、物価の騰貴に拍車をかけました。
パリの市民は、物価騰貴と食糧不足から、民衆が立ちあがりました。
でしが、この蜂起は事前に察知されており、武器も指導者も持たない民衆は政府軍にたちまち敗れてしまいました。
集団を統率できる人達は、ロベスピエールに殺されているか、刑務所にいるか、外国との戦争に動員されて、パリにはいなかったのです。
<通貨が紙切れに>
物価の高騰と併せて、アッシニアの信用喪失に拍車がかかった。
1794年07月から12月にかけて信用度が31%から20%に下落。
さらに1795年4月には8%になり、11月には0.8%にまでなりました。
なぜこんなに信用度が下がったかというと、アッシニアを無制限に発行した結果でした。
1795年11月、ついにアッシニア紙幣の図版が破壊され、12月23日にはアッシニア発行が禁止されました。
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※補足※アッシニアの後に発行した通貨も信用されませんでした。
国債アッシニアの暴落は止まらず、税制改革も行われましたが財政は回復しませんでした。
1796年03月18日、アッシニアが廃止され、1796年3月、土地手形(マンダー・テリトリアル)が発行されましたが、これも信用されずに失敗に終わりました。
このように、いったん通貨が信頼されなくなると、長期間にわたって、経済が混乱します。
ないものねだりですが、今こそ政治のリーダーシップを発揮するか、失敗するかで、日本復活に向かうのか、応仁の乱みたいに、首都が炎上して、秩序が崩壊してしまうのか、分水嶺の真上に立っているといえます。
2010/06/04 橘みゆき 拝
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