初めて投稿します。未熟者ですが、よろしくお願い致します。
私が「エリック・ホッファー自伝」という本を知ったのは、偶然見た書評だったと思います。何でも社会の底辺に身を置きながらも、地道な勉強を生涯続けた人物だと。日頃からぐうたらな私は、どんな人物だろうかと思いまして、早速ネットで注文したことを覚えています。
著者のエリックホッファーは1902年ニューヨークに生まれました。幼い頃に失明し、母と死別します。15歳の時失った視力が突然回復し、そして18歳で父親とも死別します。孤独な身となったホッファーはニューヨークを離れカリフォルニアを訪れます。カリフォルニアに決めた理由は野宿ができ、道端にオレンジがなっていて食うに困らない土地だと考えたからです。生活する為には仕事をしてお金を稼がなければならないという生活に幻滅し28歳で自殺を図った結果、未遂に終わります。そして都市労働者をやめ放浪者となりました。10年間放浪した後、サンフランシスコで港湾労働者として定住します。この頃から著書を刊行し始め、1983年80歳で亡くなります。ざっと紹介するだけ波乱の生涯です。
私はこの本で、ホッファーが都市労働者ではなく、放浪者として社会の底辺に居ながらも勉強を続け著書を刊行したことに強い印象を持ちました。放浪者へのなる転機となった自殺未遂には、このような考えがあったようです。
p40~41 「歩き、食べ、読み勉強し、ノートをとるという毎日が、何週間も続いた。残りの人生をずっとこうして過すこともできただろう。しかし、金がつきたらまた仕事に戻らなければならないし、それが死ぬまで毎日続くかと思うと、私を幻滅させた。今年の終わりに死のうが、十年後に死のうが、いったい何が違うというのか。」
結果未遂に終わり、10年間放浪生活を送ります。
途中立ち寄った季節労働者キャンプ、エルセントロである事に気づきます。周りを見渡してみると、その大多数は傷つき衰弱していました。多くの者が酒におぼれ、義足の者や、腕が無いもいました。そしてこの季節労働者たちにとって、定職につくことは周りとの軋轢を生むものです。社会の下層へと押し流され、放浪者にならざるを得なかったわけです。ホッファーは自らも含め、彼らを不適応者(ミスフィット)と呼んでいます。
p65 「新しい考えが私を捉え始めたのは、インディオを出た朝のことだった。インディオから続くハイウェイは、ナツメヤシの小さな森、グレープルーツの果樹園青々と茂ったムラサキウマゴヤシの野原を通り抜ける。そして、突如として広がる白い砂漠へと通じている。緑地と砂漠の間のくっきりとした境界線には胸を打たれた。白い砂漠を緑の果樹園に変えたことは、私には魔法としか思えなかった。こういう仕事なら、キャンプに居る男たちでさえ飛びつくだろう。彼らは普通のアメリカ人並みの技術と能力は持ち合わせていたが、奇跡を起こすような仕事でないかぎり、自分の精力を注げないのである。砂漠に花を咲かせる開拓者ばりの仕事は、まさにそうした仕事だろう。」
居心地の良い場所を進んで離れる人間はいません。昔のアメリカでは、土地を離れざるを得なかった放浪者たちと、同じタイプの人間が開拓者の大部分を占めていたようです。
p67 「弱者が演じる得意な役割こそが、人類に独自性を与えているのだ。われわれは、人間の運命を形作るうえで弱者が支配的な役割を果たしているという事実を自然的本能や生命に不可欠な衝動からの逸脱としてではなく、むしろ人間が自然から離れ、それを超えていく出発点、つまり退廃ではなく、創造の新秩序の発生として見なければならないのだ。」
このように不適応者が果たしている役割は、人類に独自性を与えていると述べています。世の中は偉い人達が形作ってきたのだろうと漠然と考えていた私には目から鱗です。
エリックホッファーの生涯は地道な勉強とともにあったようです。若い頃から仕事が終われば読書をし、数学、化学、物理等の教科書を読みノートをとりました。巻末のインタビューでこのように答えています。
p167~ 「有意義な人生とは学習する人生のことです。人間は、自分が誇りに思えるような技術の習得に身を捧げるべきです。技術を習得すればたとえその技術が役に立たなくても誇りに思えるものです。」
この本は漠然と人生を送っている、私のような人間を勇気付けてくれます。エリックホッファーは100年ほど前の生まれですが、社会の底辺に身を置きながらも学び続けた生き方は、私を含めた多くの現代人や、これからの時代を形作っていく人達にも参考になるのではないでしょうか。

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